籠《こも》りたれ。面《おもて》合すに憚《はばか》りたれば、ソと物の蔭になりつ。ことさらに隔りたれば窃《ぬす》み聴かむよしもあらざれど、渠等《かれら》空駕籠は持て来たり、大方は家よりして迎《むかい》に来《きた》りしものならむを、手を空しゅうして帰るべしや。
 一同が庵を去らむ時、摩耶もまた去らでやある、もの食わでもわれは餓えまじきを、かかるもの何かせむ。
 打《うち》こぼし投げ払いし籠の底に残りたる、ただ一ツありし初茸《はつたけ》の、手の触れしあとの錆《さび》つきて斑《まだ》らに緑晶《ろくしょう》の色染みしさえあじきなく、手に取りて見つつわれ俯向《うつむ》きぬ。
 顔の色も沈みけむ、日もハヤたそがれたり。濃かりし蒼空《あおぞら》も淡くなりぬ。山の端《は》に白き雲起りて、練衣《ねりぎぬ》のごとき艶《つやや》かなる月の影さし初《そ》めしが、刷《は》いたるよう広がりて、墨の色せる巓《いただき》と連《つらな》りたり。山はいまだ暮ならず。夕日の余波《なごり》あるあたり、薄紫の雲も見ゆ。そよとばかり風立つままに、むら薄《すすき》の穂|打靡《うちなび》きて、肩のあたりに秋ぞ染むなる。さきには汗出でて咽
前へ 次へ
全31ページ中7ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング