に、わが家のそれと異《ことな》らずよく似たり。実《げ》によき水ぞ、市中《まちなか》にはまた類《たぐい》あらじと亡き母のたまいき。いまこれをはじめならず、われもまたしばしばくらべ見つ。摩耶と二人いま住まえる尼君の庵なる筧の水もその味《あじわい》これと異るなし。悪熱のあらむ時三ツの水のいずれをか掬《むす》ばんに、わが心地いかならむ。忘るるばかりのみはてたり。
「うんや遠慮さっしゃるな、水だ。ほい、強いるにも当らぬかの。おお、それからいまのさき、私《わし》が田圃《たんぼ》から帰りがけに、うつくしい女衆が、二人づれ、丁稚《でっち》が一人、若い衆が三人で、駕籠《かご》を舁《か》いてぞろぞろとやって来おった。や、それが空駕籠じゃったわ。もしもし、清心様とおっしゃる尼様のお寺はどちらへ、と問いくさる。はあ、それならと手を取るように教えてやっけが、お前様用でもないかの。いい加減に遊ばっしゃったら、迷児《まいご》にならずに帰《けえ》らっしゃいよ、奥様が待ってござろうに。」
 と語りもあえず歩み去りぬ。摩耶が身に事なきか。

       二

 まい茸《だけ》はその形細き珊瑚《さんご》の枝に似たり。軸白
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