るにぞ、盗人《ぬすびと》の来て林に潜むことなく、わが庵も安らかに、摩耶も頼母《たのも》しく思うにこそ、われも懐ししと思いたり。
「食べやしないんだよ。爺や、ただ玩弄《おもちゃ》にするんだから。」
「それならば可《よ》うごすが。」
 爺は手桶《ておけ》を提《ひっさ》げいたり。
「何でもこうその水ン中へうつして見るとの、はっきりと影の映るやつは食べられますで、茸《きのこ》の影がぼんやりするのは毒がありますじゃ。覚えておかっしゃい。」
 まめだちていう。頷《うなず》きながら、
「一杯呑ましておくれな。咽喉《のど》が渇いて、しようがないんだから。」
「さあさあ、いまお寺から汲《く》んで来たお初穂だ、あがんなさい。」
 掬《むす》ばむとして猶予《ため》らいぬ。
「柄杓《ひしゃく》がないな、爺や、お前ン処《とこ》まで一所に行《ゆ》こう。」
「何が、仏様へお茶を煮てあげるんだけんど、お前様のきれいなお手だ、ようごす、つッこんで呑まっしゃいさ。」
 俯向《うつむ》きざま掌《たなそこ》に掬《すく》いてのみぬ。清涼|掬《きく》すべし、この水の味はわれ心得たり。遊山《ゆさん》の折々かの山寺の井戸の水試みたる
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