》の中じゃあ一番うつくしいんだけんど、食べられましねえ。あぶれた手合が欲しそうに見ちゃあ指をくわえるやつでね、そいつばッかりゃ塩を浴びせたって埒《らち》明きませぬじゃ、おッぽり出してしまわっせえよ。はい、」
といいかけて、行《ゆ》かむとしたる、山番の爺《じじ》はわれらが庵を五六町隔てたる山寺の下に、小屋かけてただ一人住みたるなり。
風吹けば倒れ、雨露《うろ》に朽ちて、卒堵婆《そとば》は絶えてあらざれど、傾きたるまま苔蒸《こけむ》すままに、共有地の墓いまなお残りて、松の蔭の処々に数多く、春夏冬は人もこそ訪《と》わね、盂蘭盆《うらぼん》にはさすがに詣《もう》で来る縁者もあるを、いやが上に荒れ果てさして、霊地の跡を空しゅうせじとて、心ある市《まち》の者より、田畑少し附属して養いおく、山番の爺は顔|丸《まろ》く、色|煤《すす》びて、眼《まなこ》は窪《くぼ》み、鼻|円《まろ》く、眉は白くなりて針金のごときが五六本短く生《お》いたり。継はぎの股引《ももひき》膝までして、毛脛《けずね》細く瘠《や》せたれども、健かに。谷を攀《よ》じ、峰にのぼり、森の中をくぐりなどして、杖《つえ》をもつかで、見めぐ
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