間《たにあい》に、いと多き山なれど、狩る人の数もまた多し。
 昨日《きのう》一昨日《おととい》雨降りて、山の地《つち》湿りたれば、茸《きのこ》の獲物さこそとて、朝霧の晴れもあえぬに、人影山に入乱れつ。いまはハヤ朽葉の下をもあさりたらむ。五七人、三五人、出盛りたるが断続して、群れては坂を帰りゆくに、いかにわれ山の庵に馴《な》れて、あたりの地味にくわしとて、何ほどのものか獲らるべき。
 米と塩とは貯えたり。筧《かけひ》の水はいと清ければ、たとい木の実|一個《ひとつ》獲ずもあれ、摩耶も予も餓うることなかるべく、甘きものも酢きものも渠《かれ》はたえて欲しからずという。
 されば予が茸《たけ》狩らむとして来《きた》りしも、毒なき味《あじわい》の甘きを獲て、煮て食《くら》わむとするにはあらず。姿のおもしろき、色のうつくしきを取りて帰りて、見せて楽《たのし》ませむと思いしのみ。
「爺《じい》や、この茸は毒なんか。」
「え、お前様、そいつあ、うっかりしようもんなら殺《や》られますぜ。紅茸《べにたけ》といってね、見ると綺麗《きれい》でさ。それ、表は紅を流したようで、裏はハア真白《まっしろ》で、茸《きのこ
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