事が気にかかりますから、それじゃあお分れといたしましょう。あのね、用があったら、そッと私ンとこまでおっしゃいよ。」
とばかりに渠《かれ》は立ちあがりぬ。予が見送ると目を見合せ、
「小憎らしいねえ。」
と小戻りして、顔を斜《ななめ》にすかしけるが、
「どれ、あのくらいな御新造様を迷わしたは、どんな顔だ、よく見よう。」
といいかけて莞爾《にっこ》としつ。つと行《ゆ》く、むかいに跫音《あしおと》して、一行四人の人影見ゆ。すかせば空駕籠釣らせたり。渠等は空しく帰るにこそ。摩耶われを見棄てざりしと、いそいそと立ったりし、肩に手をかけ、下に居《お》らせて、女は前に立塞《たちふさ》がりぬ。やがて近づく渠等の眼より、うたてきわれをば庇《かば》いしなりけり。
熊笹のびて、薄《すすき》の穂、影さすばかり生《お》いたれば、ここに人ありと知らざる状《さま》にて、道を折れ、坂にかかり、松の葉のこぼるるあたり、目の下近く過《よぎ》りゆく。女はその後を追いたりしを、忍びやかにぞ見たりける。駕籠のなかにものこそありけれ。設《もうけ》の蒲団《ふとん》敷重ねしに、摩耶はあらで、その藤色の小袖のみ薫《かおり》床しく
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