女は驚きて目を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは》りぬ。
六
「いいえ、手を懸けたというんじゃあない。私はまだ九歳《ここのつ》時分のことだから、どんなだか、くわしい訳は知らないけれど、母様《おっかさん》は、お前、何か心配なことがあって、それで世の中が嫌におなりで、くよくよしていらっしゃったんだが、名高い尼様《あまさん》だから、話をしたら、慰めて下さるだろうって、私の手を引いて、しかも、冬の事だね。
ちらちら雪の降るなかを山へのぼって、尼寺をおたずねなすッて、炉《ろ》の中へ何だか書いたり、消したりなぞして、しんみり話をしておいでだったが、やがてね、二時間ばかり経《た》ってお帰りだった。ちょうど晩方で、ぴゅうぴゅう風が吹いてたんだ。
尼様が上框《あがりかまち》まで送って来て、分れて出ると、戸を閉めたの。少し行懸《ゆきかか》ると、内で、
(おお、寒《さむ》、寒。)と不作法な大きな声で、アノ尼様がいったのが聞えると、母様が立停《たちどま》って、なぜだか顔の色をおかえなすったのを、私は小児心《こどもごころ》にも覚えている。それから、しおしおとして山をお下り
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