家に、女でこそあれ、山の清心さんくらいの方はありやしない。
 もう八十にもなっておいでだのに、法華経二十八巻を立読《たてよみ》に遊ばして、お茶一ツあがらない御修行だと、他宗の人でも、何でも、あの尼様といやア拝むのさ。
 それにどうだろう。お互の情《こころ》を通じあって、恋の橋渡《はしわたし》をおしじゃあないか。何の事はない、こりゃ万事人の悪い髪結《かみゆい》の役だあね。おまけにお前様、あの薄暗い尼寺を若いもの同士にあけ渡して、御機嫌よう、か何かで、ふいとどこかへ遁《に》げた日になって見りゃ、破戒無慙《はかいむざん》というのだね。乱暴じゃあないか。千ちゃん、尼さんだって七十八十まで行い澄《すま》していながら、お前さんのために、ありゃまあどうしたというのだろう。何か、千ちゃん処《とこ》は尼さんのお主《しゅう》筋でもあるのかい。そうでなきゃ分らないわ。どんな因縁だね。」
 と心|籠《こ》めて問う状《さま》なり。尼君のためなれば、われ少しく語るべし。
「お前も知っておいでだね、母上《おっかさん》は身を投げてお亡くなんなすったのを。」
「ああ。」
「ありゃね、尼様が殺したんだ。」
「何ですと。」
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