仔細《しさい》のないこった。華族様の御台様《みだいさま》を世話でお暮し遊ばすという御身分で、考えてみりゃお名もまや[#「まや」に傍点]様で、夫人というのが奥様のことだといってみれば、何のことはない、大倭《やまと》文庫の、御台様さね。つまり苦労のない摩耶夫人様《まやぶにんさま》だから、大方|洒落《しゃれ》に、ちょいと雪山《せっせん》のという処をやって、御覧遊ばすのであろう。凝ったお道楽だ。
 とまあ思っちゃあ見たものの、千ちゃん、常々の御気象が、そんなんじゃあおあんなさらない……でしょう。
 可愛い児とおっしゃるから、何ぞ尼寺でお気に入った、かなりやでもお見付け遊ばしたのかしらなんと思ってさ、うかがって驚いたのは、千ちゃんお前様《まえさん》のことじゃあないかね。
(いつでもうわさをしていたからお前たちも知っておいでだろう。蘭《らん》や、お前が御存じの。)
 とおっしゃったのが、何と十八になる男だもの、お仲さんが吃驚《びっくり》しようじゃあないか。千ちゃん、私も久しく逢わないで、きのうきょうのお前様は知らないから――千ちゃん、――むむ、お妙《たえ》さんの児の千ちゃん、なるほど可愛い児だと実
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