いがしろ》にした罪を、慇懃《いんぎん》にこの神聖なる古戦場に対《むか》って、人知れず慚謝《ざんしゃ》したのであるる。
 立向う山の茂《しげり》から、額を出して、ト差覗《さしのぞ》く状《さま》なる雲の峰の、いかにその裾《すそ》の広く且つ大なるべきかを想うにつけて、全体を鵜呑《うのみ》にしている谷の深さ、山の高さが推量《おしはか》られる。
 辿《たど》るほどに、洋傘《こうもり》さした蟻《あり》のよう――蝉の声が四辺《あたり》に途絶えて、何の鳥かカラカラと啼《な》くのを聞くと、ちょっとその嘴《くちばし》にも、人間は胴中《どうなか》を横啣《よこぐわ》えにされそうであった。
 谷が分れて、森が涼しい。
 右手《めて》の谷の片隅に、前《さき》に見た牛の小家が、小さくなって、樹立《こだち》ありとも言わず、真白《まっしろ》に日が当る。
 やがて、二|分《ぶ》が処|上《のぼ》った。
 坂路に……草刈か、鎌は持たず。自然薯穿《じねんじょほり》か、鍬《くわ》も提げず。地柄《じがら》縞柄《しまがら》は分らぬが、いずれも手織らしい単放《ひとえ》を裙《すそ》短《みじか》に、草履|穿《ばき》で、日に背いたのは緩《ゆ
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