なこ》は黄金《こがね》、髯《ひげ》白銀《しろがね》の、六尺有余の大彫像、熊坂長範《くまさかちょうはん》を安置して、観音扉《かんのんびらき》を八文字に、格子も嵌《は》めぬ祠《ほこら》がある。ために字《あざな》を熊坂とて、俗に長範の産地と称《とな》える、巨盗の出処は面白い。祠は立場《たてば》に遠いから、路端《みちばた》の清水の奥に、蒼《あお》く蔭り、朱に輝く、活《い》けるがごとき大盗賊の風采《ふうさい》を、車の上からがたがたと、横に視《なが》めて通った事こそ。われ御曹子《おんぞうし》ならねども、この夏休みには牛首を徒歩《かちあるき》して、菅笠《すげがさ》を敷いて対面しょう、とも考えたが、ああ、しばらく、この栗殻の峠には、謂《い》われぬ可懐《なつかし》い思出《おもいで》があったので、越中境《えっちゅうざかい》へ足を向けた。――
処を、牛の首に出会ったために、むしろその方が興味があったかも知れないと、そぞろに心の迷った端《はな》を、隠身寂滅《おんしんじゃくめつ》、地獄が消えた牛妖《ぎゅうよう》に、少なからず驚かされた。
正体が知れてからも、出遊の地に二心《ふたごころ》を持って、山霊を蔑《な
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