あれ、御覧なさいまし。)
 と燈《あかり》を背《せな》に、縁の端へ仰向《あおむ》いた顔で恍惚《うっとり》する。
(栗の林へ鵲《かささぎ》の橋が懸《かか》りました。お月様はあれを渡って出なさいます。いまに峰を離れますとね、谷の雲が晃々《きらきら》と、銀のような波になって、兎の飛ぶのが見えますよ。)
(ほとんど仙境《せんきょう》。)
 と私は手を支《つ》いて摺《ず》って出ました。
(まるで、人間界を離れていますね。)
 ……お先達、私のこう言ったのはどうです。」
 急に問われて、山伏は、
「ははあ、」
 と言う。

       二十五

「驚駭《おどろき》に馴《な》れて、いくらか度胸も出来たと見え、内々|諷《ふう》する心持もあったんですね。
 直ぐには答えないで、手捌《てさば》きよく茶を注《つ》いで、
(粗《ひど》いんですよ。)
 と言う、自分の湯呑《ゆのみ》で、いかにも客の分といっては茶碗一つ無いらしい。いや、粗いどころか冥加《みょうが》至極。も一つ唐草《からくさ》の透《すか》し模様の、硝子《ビイドロ》の水呑が俯向《うつむ》けに出ていて、
(お暑いんですから、冷水《おひや》がお宜《よろ
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