51]《やまおとこ》が接吻《キッス》をしよう、とそこいらを※[#「目+句」、第4水準2−81−91]《みまわ》しましたが、おっかなびっくり。
(姉さん。)
(ああ、)
(ちょいと。……)
 土間口の優しい声が、貴婦人を暗がりへ呼込んだ。が、二ツ三ツ何か言交わすと、両手に白いものを載《の》せて出た――浴衣でした。
 余り人間離れがしますから、浅葱《あさぎ》の麻の葉絞りで絹縮《きぬちぢみ》らしい扱帯《しごき》は、平《ひら》にあやまりましたが、寝衣《ねまき》に着換えろ、とあるから、思切って素裸《すッぱだか》になって引掛《ひっか》けたんです。女もので袖が長い――洗ったばかりだからとは言われたが、どこかヒヤヒヤと頸元《えりもと》から身に染む白粉《おしろい》の、時めく匂《におい》で。
 またぼうとなって、居心《いごころ》が据《すわ》らず、四畳半を燈火《ともしび》の前後《まえうしろ》、障子に凭懸《よりかか》ると、透間からふっと蛇の臭《におい》が来そうで、驚いて摺《ず》って出る。壁際に附着《くッつ》けば、上から蜘蛛《くも》がすっと下りそうで、天窓《あたま》を窘《すく》めて、ぐるりと居直る……真中《まん
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