の別亭《はなれ》が住居《すまい》らしい。どこを見ても空屋同然な中に、ここばかりは障子にも破れが見えず、門口に居た時も、戸を繰り開ける音も響かなかった。
そこで、ちと低声《こごえ》になって、
(貴女《あなた》は……此家《ここ》の……ではおあんなさいませんのですか。)
(は、私もお客ですよ。――不行届きでございますから、事に因りますと、お合宿《あいやど》を願うかも知れません、御迷惑でござんしょうね。)
とちょいと煽《あお》いだ、女扇子《おんなおうぎ》に口許《くちもと》を隠したものです。」
「成程、どうも。」
山伏は髯《ひげ》だらけな頬を撫でる。
「私は、黙って懐中《ふところ》を探しました。さあ、慌てたのは、手拭《てぬぐい》、蝦蟇口《がまぐち》、皆《みんな》無い。さまでとも思わなかったに、余程|顛動《てんどう》したらしい。門《かど》へ振落して来たでしょう。事ここに及んで、旅費などを論ずる場合か、それは覚悟しましたが、差当り困ったのは、お約束の足を払《はた》く……」
二十三
「……様子で手拭が無いと見ると、スッと畳んで、扇を胸高な帯に挟んで、袂《たもと》を引いたが長襦袢
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