んでした。
 敷居を跨《また》ぐ時、一つ躓《つまず》いて、とっぱぐったじき傍《わき》に、婦人《おんな》が立ってたので、土間は広くっても袖が擦れて、
(これは。)
 と云うと…………
(お危うございます、お気をつけ下さいまし。)
(どうもつい馴《な》れませんので、)
 と言いましたがね、考えると変な挨拶《あいさつ》。誰がこんな処を歩行馴《あるきな》れた奴がありますか。……外から見える縁側の雨戸らしいのは、これなんでしょう、ずッと裏庭へ出抜けるまで、心積《こころづも》り十八九枚、……さよう二十枚の上もありましたろうか、中ほどが一ヶ所、開いていました。――そこから土間が広くなる、左側が縁で、座敷の方へ折曲《おれまが》って、続いて、三ツばかり横に小座敷が並んでいます。心覚えが、その折曲《おれまがり》の処まで、店口から掛けて、以前、上下の草鞋穿《わらじば》きが休んだ処で、それから先は車を下りた上客が、毛氈《もうせん》の上へあがった場処です。
 余計なことを言うようですが、後《あと》の都合がありますから、この屋造《やづくり》の様子を聞いて下さい。
 で座敷々々には、ずらり板縁が続いているのが薄明り
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