手は、段々堅く板戸へ喰入るばかりになって、挺《てこ》でも足が動きません。
またちらりと招く。
招かれても入れないから、そうやって招くのを見るのが、心苦しくなって来たので、顔を引込《ひっこ》まして、門《かど》へ身体《からだ》を横づけに、腕組をして棒立ち――で、熟《じっ》と目を睡《ねむ》って俯向《うつむ》いていました。
この体《てい》が、稀代に人間というものは、激しい中にも、のんきな事を思います。同じ何でも、これが、もし麓《ふもと》だと、頬被《ほおかぶり》をして、礫《つぶて》をトンと合図をする、カタカタと……忍足《しのびあし》の飛石づたいで………
(いらっしゃいな。)
と不意に鼻の前《さき》で声がしました。いや、その、もの越《ごし》の婀娜《あだ》に砕けたのよりか、こっちは腰を抜かないばかり。
(はッあ。)
と言う。
(さあ、どうぞ。)
と何にも思わない調子でしたが、板戸を劃《くぎり》に、横顔で、こう言う時、ぐっと引入れるようにその瞳が動いたんです。」
「これは、どちらの御婦人で、」
と先達は、湯を注《さ》しかけた土瓶を置く。
「それを見分けるほど、その場合落着いてはいられませ
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