までの様子とは、がらりと変って、活々《いきいき》した、清《すずし》い調子で、
(姉《ねえ》さん、この方を留めて下さい、帰しちゃ厭《いや》よ。)
と言うが疾《はや》いか、すっと、戸口の土間へ、青い影がちらちらして、奥深く消え込んだ。
私は呆気《あっけ》に取られた。
すると、姉さんと言われた、その貴婦人が、緊《しま》った口許《くちもと》で、黙って、ただちょいと会釈をする、……これが貴下、その意味は分らぬけれども、峠の方へ行《ゆ》くな、と言って………手で教えた婦人《ひと》でしょう。
何にも言わないだけなお気がさす。
(ええ、実は……)
と前刻《さっき》からの様子を饒舌《しゃべ》って、ついでに疑《うたがい》を解こうとしたが、不可《いけ》ません。
(ああ、)
それ覗《のぞ》くまでもなく、立ったままで、……今暗がりへ入った、も一人の後《あと》を軒下にこう透《すか》しながら、
(しばらくどうぞ。)
坂を上って、アノ薄原《すすきはら》を潜《くぐ》るのに、見得もなく引提《ひっさ》げていた、――重箱の――その紫包を白い手で、羅《うすもの》の袖へ抱え直して、片手を半開きの扉へかける、と厳重に出
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