。」
「はい、」
と澄ました風で居る。
「風呂敷の中は、綺麗な蒔絵《まきえ》の重箱でしたよ。」
「どこのか、什物《じゅうもつ》、」
「いいえ、その婦人《ひと》の台所の。」
「はてな、」
「中に入ったのは鮎《あゆ》の鮨《すし》でした。」
「鮎の鮨とは、」
「荘河《しょうがわ》の名産ですって、」
先達は唖然《あぜん》として、
「どうもならん。こりゃ眉毛に唾《つば》じゃ。貴辺も一ツ穴の貉《むじな》ではないか。怪物《ばけもの》かと思えば美人で、人面瘡《にんめんそう》で天人じゃ、地獄、極楽、円髷《まるまげ》で、山賊か、と思えば重箱。……宝物が鮎の鮨で、荘河の名物となった。……待たっせえ、腰を円くそう坐られた体裁《ていたらく》も、森の中だけ狸に見える。何と、この囲炉裏《いろり》の灰に、手形を一つお圧《お》しなさい、ちょぼりと落雁《らくがん》の形でござろう。」
「怪しからん、」
と笑って、気競《きお》って、
「誰も山賊の棲家《すみか》だとも、万引の隠場所《かくればしょ》だとも言わないのに、貴下が聞違えたんではありませんか。ええ、お先達?」
「はい、」
と言って、瞬きして、たちまち呵々《からか
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