げよう、と触ったんだ、とてっきりそれがために、そんな様子で居るんだろう、と気が着いて、言訳をしましたがね。
 黙っています……ちっとも動かないで、私の顔を、そのまま見詰めてるじゃありませんか。」
 と三造は先達の顔を瞻《みまも》って、
「じゃ、まだ気が遠くなったままで、何も聞えんのかと思えば、……顔よりは、私が何か言うその声の方が、かえってその人の瞳に映るような様子でしょう。梔子《くちなし》の花でないのは、一目見てもはじめから分ってます。
 弱りました。汗が冷く、慄気《ぞっ》と寒い。息が発奮《はず》んで、身内が震う処から、取ったのを放してくれない指の先へ、ぱっと火がついたように、ト胸へ来たのは、やあ!こうやって生血を吸い取る……」
「成程、成程、いずれその辺で、大慨|気絶《ひきつ》けてしまうのでござろう。」
 と先達は合点《がってん》する。
「転倒《てんどう》しても気は確《たしか》で、そんなら、振切っても刎上《はねあが》ったかと言えば、またそうもし得ない、ここへ、」
 境は帯を圧《おさ》えつつ、
「天女の顔の刺繍《ほりもの》して、自分の腰から下はさながら羽衣の裾になってる姿でしょう。退
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