まるで、夕顔の封じ目を、不作法に指で解いたように。
 はッとしながら、玉を抱いた逆上《のぼ》せ加減で、おお、山蟻《やまあり》が這《は》ってるぞ、と真白《まっしろ》な咽喉《のど》の下を手で払《はた》くと、何と、小さな黒子《ほくろ》があったんでしょう。
 逆《さかさ》に温かな血の通うのが、指の尖《さき》へヒヤリとして、手がぶるぶるとなった、が、引込《ひっこ》める間もありません。婦《おんな》がその私の手首を、こう取ると……無意識のようじゃありましたが、下の襟を片手で取って、ぐいと胸さがりに脇へ引いて、掻合《かきあ》わせたので、災難にも、私の手は、馥郁《ふくいく》とものの薫る、襟裏へ縫留められた。
 さあ、言わないことか、花弁《はらびら》の中へ迷込んで、虻《あぶ》め、蜿《もが》いても抜出されぬ。
 困窮と云いますものは、……
 黙っちゃいられませんから、
(御免なさいよ。)
 と、のっけから恐入った。――その場の成行きだったんですな。――」
「いかにも、」
 と先達は、膝に両手を重ねながら、目を据えるまで聞入るのである。
「黙っています。が、こう、水の底へ澄切ったという目を開いて、じっと膝を枕
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