たと、彼方《あちら》で言います――それなり茫となって、まあ、すやすやと寐入《ねい》ったも同じ事で。たとい門口に倒れていたって、茎《じく》が枯れたというんじゃなし、姿の萎《しぼ》んだだけなんです……露が降りれば、ひとりでにまた、恍惚《うっとり》と咲いて覚める、……殊に不思議な花なんですもの。自然の露がその唇に点滴《したた》らなければ点滴らないで、その襟の崩れから、ほんのり花弁《はなびら》が白んだような、その人自身の乳房から、冷い甘いのを吸い上げて、人手は藉《か》らないでも、活返《いきかえ》るに疑いない。
私は――膝へ、こう抱き起して、その顔を見た咄嗟《とっさ》にも、直ぐにそう考えました。――
こりゃ余計な事をしたか。自分がこの人を介抱しようとするのは、眠った花を、さあ、咲け、と人間の呼吸《いき》を吹掛けるも同一《おんなじ》だと。……
で、懐中《ふところ》の宝丹でも出すか、じたばた水でも探してからなら、まだしもな処を、その帯腰から裾《すそ》が、私に起こされて、柔かに揺れたと思うと、もう睫毛《まつげ》が震えて来た。糸のように目を開《あ》いたんですから、しまった! となお思ったんです――
前へ
次へ
全139ページ中61ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング