無事を祈るに、お年紀《とし》も分らぬ、貴辺の苗字だけでも窺《うかが》っておこうものを、――心着かぬことをした。」
 総髪をうしろへ撫でる。
「などと早や……」
 三造は片手をちゃんと炉縁《ろぶち》に支《つ》いて、
「難有《ありがと》う存じます。御厚意、何とも。」

       十七

 更《あらた》めて、
「お先達、そうやって貴下《あなた》は、御自分お心得違いのようにばかりお言いですが、――その人を抱き起して美しい顔を見た時、貴下に対して心得違いしましたのは、私の方じゃありませんか。
 そして、無事、」
 と言い懸けたが、寂しい顔をした、――実は、余り無事でばかりもなかったのであるから。
「ともかくも……峠を抜けられましたのは、貴下が御祈念の功徳かも知れません――確《たしか》に功徳です。
 そうでないと、今頃どうなっていたか自分で自分が解らんのです。何ともお礼の申上げようはありません。実際。
 その人だって、またそうです――あの可恐《おそろし》い面のために気絶をした。私が行《ゆ》かないとそのまま一命が終ったかも知れない、と言えば、貴下に取って面倒になりますけれども、ただ夢のように思っ
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