沙汰ですが、思いの外時刻が早く、汽車で時の間《ま》に立帰りましたのを、何か神通で、雲に乗つて馳《は》せ戻ったほどの意気組。その勢《いきおい》でな、いらだか、苛《いら》って、揉《もみ》上げ、押摺《おしす》り、貴辺が御無事に下山のほどを、先刻この森の中へ、夢のようにお立出《たちい》でになった御姿を見まするまで、明王の霊前に祈《いのり》を上げておりました。
 それもって、貴辺が、必定、お立寄り下さると信じましたからで。
 信じながらも、思い懸けぬ山路《やまみち》に一人|憩《やす》んでござった、あの御様子を考えると、どうやら、遠い国で、昔々お目に懸《かか》ったような、茫《ぼう》とした気がしまして、眼前《めのまえ》に焚《た》きました護摩《ごま》の果《はて》が霧になって森へ染み、森へ染み、峠の方《かた》を蔽《おお》い隠すようにもござった。……
 何にせよ、私《てまえ》どうかしていたと見えます。兎はちょいちょい、猿も時々は見懸けますが、狐狸は気もつきませぬに、穴の中からでも魅《や》りましたかな。
 明王もさぞ呆れ返って、苦笑いなされたに相違ござらん。私《てまえ》のその痴《たわ》けさ加減、――ああ、御
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