は無いが、思いがけない、物珍らしさ。そのずんど切《ぎり》な、たらたらと濡れた鼻頭《はなづら》に、まざまざと目を留めると、あの、前世を語りそうな、意味ありげな目で、熟《じっ》と見据えて、むぐむぐと口を動かしざまに、ぺろりと横なめをした舌が円い。
その舌の尖《さき》を摺《す》って、野茨《のばら》の花がこぼれたように、真白《まっしろ》な蝶が飜然《ひらり》と飛んだ。が、角にも留まらず、直ぐに消えると、ぱっと地《じ》の底へ潜《くぐ》った状《さま》に、大牛がフイと失《う》せた。……
失せた……と思う暇もなしに、忽然《こつぜん》として消えたのである。
「や!」
声を出して、三造はきょとんとして、何かに取掴《とッつか》まったらしく、堅くなってそこらを捻向《ねじむ》く……と、峠とも山とも知れず、ただ樹の上に樹が累《かさ》なり、中空を蔽《おお》うて四方から押被《おっかぶ》さって聳《そび》え立つ――その向って行《ゆ》くべき、きざきざの緑の端に、のこのこと天窓《あたま》を出した雲の峯の尖端《とっぱし》が、あたかも空へ飛んで、幻にぽちぽち残った。牛頭に肖《に》たとは愚か。
三造は悚然《ぞっ》とした。
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