く目前《めさき》に顕《あら》われたのは、三四軒の埴生《はにゅう》の小屋で。路傍《みちばた》に沿うて、枝の間に梟《ふくろう》の巣のごとく並んだが、どこに礎《いしずえ》を据えたとしもなく、元村から溢《あふ》れて出たか、崖から墜《お》ちて来たか、未来も、過去も、世はただ仮の宿と断念《あきら》めたらしい百姓家――その昔、大名の行列は拝んだかわりに、汽車の煙には吃驚《びっくり》しそうな人々が住んでいよう。
朝夕の糧を兼ねた生垣の、人丈に近い茗荷《みょうが》の葉に、野茨《のばら》が白くちらちら交って、犬が前脚で届きそうな屋根の下には、羽目へ掛けて小枝も払わぬ青葉枯葉、松|薪《まき》をひしと積んだは、今から冬の用意をした、雪の山家と頷《うなず》かれて、見るからに佗《わび》しい戸の、その蜘蛛《くも》の巣は、山姥《やまうば》の髪のみだれなり。
一軒二軒……三軒目の、同じような茗荷の垣の前を通ると、小家《こや》は引込《ひっこ》んで、前が背戸の、早や爪尖《つまさき》あがりになる山路《やまみち》との劃目《しきりめ》に、桃の樹が一株あり、葉蔭に真黒《まっくろ》なものが、牛の背中。
この畜生、仔細《しさい》
前へ
次へ
全139ページ中6ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング