往年《いんぬるとし》、雨上りの朝、ちょうどこの辺《あたり》を通掛《とおりかか》った時、松の雫《しずく》に濡色見せた、紺青《こんじょう》の尾を豊《ゆたか》に、樹《こ》の間の蒼空《あおぞら》を潜《くぐ》り潜り、鵲《かささぎ》が急ぎもせず、翼で真白《まっしろ》な雲を泳いで、すいと伸《の》し、すいと伸して、並木の梢《こずえ》を道づれになった。可懐《なつかし》いその姿を見るのも、またこの旅の一興に算《かぞ》えたのであったから――それを思出して窺《うかが》ったが……今日は見えぬ。
なお前途《ゆくて》の空を視《なが》め視め、かかる日の高い松の上に、蝉の声の喧《かまびす》しい中にも、塒《ねぐら》してその鵲が居はせぬかと、仰いで幹をたたきなどして、右瞻左瞻《とみこうみ》ながら、うかうかと並木を辿《たど》る――大《おおき》な蜻蛉《とんぼ》の、跟《あと》をつけて行《ゆ》くのも知らずに。
やがて樹立が疎《まば》らになって、右左両方へ梢が展《ひら》くと、山の根が迫って来た。倶利伽羅のその風情は、偉大なる雲の峯が裾を拡げたようである。
処へ、横雲の漾《ただよ》う状《さま》で、一叢《ひとむら》の森の、低
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