火+發」、396−5]《ぱっ》と冴えて、埃《ほこり》は見えぬが、休息所の古畳。まちなし黒木綿の腰袴《こしばかま》で、畏《かしこま》った膝に、両の腕《かいな》の毛だらけなのを、ぬい、と突いた、賤《いや》しからざる先達が総髪《そうがみ》の人品は、山一つあなたへ獅噛《しかみ》を被って参りしには、ちと分別が見え過ぎる。
「怪《け》しからぬ山伏め、と貴辺《あなた》がお思いなされたで好都合。その御婦人が手前の異形に驚いて、恍惚《うっとり》となられる。貴辺《あなた》は貴辺で、手前の野譫言《のたわごと》を真実と思召し、そりゃこそ鬼よ、触らぬ神に祟《たた》りなしの御思案で、またまたお見棄てになったとしまする、御婦人がそれなりで御覧《ごろう》じろ、手前は立派な人殺《ひとごろし》でございます。何も、げし人《にん》に立派は要らぬが、承りましただけでも、冷汗になりますで。
 いや、それにつけても、」
 と山伏の肩が聳《そび》え、
「物事と申すは、よく分別をすべきであります。私《てまえ》ども身柄、鬼神を信ぜぬと云うもいかがですが、軽忽《かるはずみ》に天窓《あたま》から怪《あやし》くして、さる御令嬢を、蟇《ひきがえ
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