につけて、とこう言う内に、追って来て妨《さまたげ》しょう。早く助けずば、と急心《せきごころ》に赫《かっ》となって、戦《おのの》く膝を支《つ》いて、ぐい、と手を懸ける、とぐったりした腕《かいな》が柔かに動いて、脇明《わきあけ》を辷《すべ》った手尖《てさき》が胸へかかった処を、ずッと膝を入れて横抱きに抱《いだ》き上げると、仰向《あおむ》けに綿を載《の》せた、胸がふっくりと咽喉《のど》が白い。カチリと音して、櫛《くし》が鬼の面に触ったので……慌てて、かなぐり取って、見当も附けず、どん、と背後《うしろ》へ投《ほう》った。
「山伏め、何を言う!」

       十六

「いや、もう、先方《さき》が婦人《おんな》にもいたせ、男子《おとこ》にもいたせ、人間でさえありますれば、手前は正《しょう》のもの鬼でござる。――狼《おおかみ》が法衣《ころも》より始末が悪い。世間では人の皮着た畜生と申すが、鬼の面を被《かぶ》った山伏は、さて早や申訳がない。」
 御堂《みどう》の屋根を蔽《おお》い包んだ、杉の樹立の、廂《ひさし》を籠《こ》めた影が射《さ》す、炉《ろ》の灰も薄蒼《うすあお》う、茶を煮る火の色の※[#「
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