―爪《つま》はずれ、帯の状《さま》、肩の様子、山家《やまが》の人でないばかりか、髪のかざりの当世さ、鬢の香さえも新しい。
「嬢さん、嬢さん――」
 とやや心易げに呼活《よびい》けながら、
「どうなすったんですか。」
 とその肩に手を置いたが、花弁《はなびら》に触るに斉《ひと》しい。
 三造は四辺《あたり》を見て、つッと立って、門口から、真暗《まっくら》な家《や》の内へ、
「御免。」
「ほう……」
 と響いたので、はっと思うと、ううと鳴って谺《こだま》と知れた。自分の声が高かった。
「誰も居ないな。」
 美女の姿は、依然として足許に横《よこた》わる。無慚《むざん》や、片頬《かたほ》は土に着き、黒髪が敷居にかかって、上ざまに結目《むすびめ》高う根が弛《ゆる》んで、簪《かんざし》の何か小さな花が、やがて美しい虫になって飛びそうな。
 しかし、煙にもならぬ人を見るにつけて、――あの坂の途中に、可厭《いや》な婆と二人居て手を掉《ふ》ったことを思うと、ほとんど世を隔てた感がある。同時に、渠等《かれら》怪しき輩《やから》が、ここにかかる犠牲《いけにえ》のあるを知らせまいとして、我を拒んだと合点さるる
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