試みに山伏の言《ことば》を繰返して、まさしく、怯《おびや》かされたに相違ないと思った。
「鬼じゃ。……」
と一足出てまた呟《つぶや》いたが、フト今度は、反対に、人を警《いまし》むる山伏の声に聞えた。勿《なか》れ、彼は鬼なり、我に与えし予言にあらずや。
境は再び逡巡した。
が、凝《じっ》と瞻《みつ》めて立つと、衣《きぬ》の模様の白い花、撫子の俤《おもかげ》も、一目の時より際立って、伏隠《ふしかく》れた膚《はだ》の色の、小草《おぐさ》に搦《から》んで乱れた有様。
手に触ると、よし蛇の衣《きぬ》とも変《な》らば化《な》れ、熱いと云っても月は抱《いだ》く。
三造は重い廂《ひさし》の下に入って、背に盤石《ばんじゃく》を負いながら、やっと婦《おんな》の肩際に蹲《しゃが》んだのである。
耳許はずれに密《そ》と覗《のぞ》く。俯向《うつむ》けのその顔斜めなれば、鼻かと思うのがすっとある、ト手を翳《かざ》しもしなかったが、鬢《びん》の毛が、霞のように、何となく、差寄せた我が眉へ触るのは、幽《かすか》に呼吸《いき》がありそうである。
「令嬢《じょうさん》。」
とちょっと低声《こごえ》に呼んだ―
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