《しめつ》けられる心地がした。

       十五

 けれども、まだ幸《さいわい》に俯向《うつむ》けに投出されぬ。
「触らぬ神に祟《たたり》なし……」
 非常な場合に、極めて普通な諺《ことわざ》が、記憶から出て諭す。諭されて、直ぐに蹈出《ふみだ》して去ろうとしたが……病難、危難、もしや――とすれば、このまま見棄つべき次第でない。
 境は後髪《うしろがみ》を取って引かれた。
 洋傘《こうもり》を支《つ》いて、おずおずその胸に掛けた異形の彫刻物をまた視《なが》めた。――今しがた、ちぎれ雲の草を掠《かす》めて飛んだごとく、山伏にて候ものの、ここを過《よぎ》った事は確《たしか》である。
 確で、しかもその顔には、この鬼の面を被《かぶ》っていた。――時に、門口へ露《あら》われた婦人《おんな》の姿を鼻の穴から覗《のぞ》いたと云うぞ。待てよ、縄張際の坂道では、かくある我も、ために尠《すくな》からず驚かされた。
 おお、それだと、たとい須磨《すま》に居ても、明石《あかし》に居ても、姫御前《ひめごぜ》は目をまわそう。
 三造は心着いて、夕露の玉を鏤《ちりば》めた女の寝姿に引返した。
「鬼じゃ。」
 
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