た、――峠の立場《たてば》はここなので。今し猿ヶ馬場ぞと認めたのは、道を急いだ目の迷い、まだそこまでは進まなかったのであった。
紫に桔梗《ききょう》の花を織出した、緑は氈《せん》を開いたよう。こんもりとした果《はて》には、山の痩《や》せた骨が白い。がばと、またさっくりと、見覚えた岩も見ゆる。一本の柿、三本の栗、老樹《おいき》の桃もあちこちに、夕暮を涼みながら、我を迎うる風情に彳《たたず》む。
と見れば鍵屋は、礎《いしずえ》が動いたか、四辺《あたり》の地勢が露出《むきだ》しになったためか、向う上りに、ずずんと傾き、大船を取って一|艘《そう》頂に据えたるごとく、厳《おごそか》にかつ寂しく、片廂《かたびさし》をぐいと、山の端《は》から空へ離して、舳《みよし》の立った形して、立山の波を漕がんとす。
境は可懐《なつかし》げに進み寄った。
「や!」
その門口《かどぐち》に、美しい清水が流るる。いや、水のような褄《つま》が溢《こぼ》れて、脇明《わきあけ》の肌ちらちらと、白い撫子《なでしこ》の乱咲《みだれざき》を、帯で結んだ、浴衣の地の薄《うす》お納戸。
すらりと草に、姿横に、露を敷いて、雪
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