戻ると、貴辺《あなた》はまだ上りがある。事に因ると、先へ帰って茶を沸《わか》して相待てます。それが宜しい、そうなさって。ああ、御承知か。重畳々々。
 就きましては、」
 かさかさと胸を開いて、仰向《あおむ》けに手に据えた、鬼の面は、紺青《こんじょう》の空に映って、山深き径《こみち》に幽《かすか》なる光を放つ。
「先生方にはただの木の面形《めんがた》でござれども、現に私《てまえ》が試みました。驚破《すわ》とある時、この目を通して何事も御覧が宜しい。さあ、お持ちなさるよう。」
 三造は猶予《ためら》いつつ、
「しかし、御重宝、」
「いや、御役に立てば本懐であります。」
 すなわち取って、帽子をはずして、襟にかける、と先達の手に鐸《すず》が鳴った。
「御無事で、」
「さようなら。」
 蜩《ひぐらし》の声に風|颯《さっ》と、背を押上げらるるがごとく境は頭《こうべ》を峠に上げた。雲の峰は縁《へり》を浅葱《あさぎ》に、鼠色の牡丹《ぼたん》をかさねた、頂白くキラキラと黄金《こがね》の条《すじ》の流れたのは、月がその裡《うち》に宿ったろう。高嶺《たかね》の霞に咲くという、金色《こんじき》の董《すみれ》
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