で、必ず御無用とは申上げん。
峠でその婦人を見るものは……云々《うんぬん》と恐るべき風説はいたすが、現に、私《てまえ》とても御覧のごとく別条はないようで、……折角じゃ、いっそのことお出《いで》が宜《よろ》しい。」
「ああ、それはどうも難有《ありがた》い。」
と三造は礼を云う。許されたような気がしたのである。
「さ、さ、」
先達も立構えで、話の中《うち》に※[#「てへん+劣」、第3水準1−84−77]《むし》って落した道芝の、帯の端折目《はしょりめ》に散りかかった、三造の裾を二ツ三ツ、煽《あお》ぐように払《はた》いてくれた。
「ところで、」
顔を振って四辺《あたり》を見た目は、どっちを向いても、峰の緑、処々に雲が白い。
「この日脚じゃ、暮切らぬ内峠は越せます、が坂は暗くなるでござろう。――急ぎの旅ではなかろうで、手前お守《まも》りをいたす、麓《ふもと》の御堂《みどう》で御一泊のように願います。無事にお越しの御様子も伺いたい。留守には誰も居《お》らず、戸棚には夜具一組、蚊帳もござる。
私《てまえ》は、急いで、竹の橋まで下《くだ》りますで、汽車でぐるりと一廻り、直ぐに石動から御堂へ
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