ば御承知じゃ。右側の二軒目で、鍵屋《かぎや》と申したのが焼残っておりますが。」
「鍵屋、――二軒目の。」
と云って境は俯向《うつむ》いた。峠に残った一軒家が、それであると聞くまでは、あるいは先達とともに、旧《もと》来た麓《ふもと》へ引返そうかとも迷ったのである。
が、思う処あって、こう聞くと直ぐに心が極《きま》った。
様子は先達にも見て取られて、
「ええ、鍵屋なら、お上《あが》りになりますかな。」
「別に、鍵屋ならばというのじゃありませんが。これから越します。」
と云って、別離《わかれ》の会釈に頭《つむり》を下げたが、そこに根を生《はや》して、傍目《わきめ》も触《ふ》らず、黙っている先達に、気を引かれずには済まなかった。
「悪いんですか、参っては。」
山伏は押眠った目を瞬いて開けた。三造を右瞻左瞻《とみこうみ》て、
「お待ち下さい。血気に逸《はや》り、我慢に推上《おしのぼ》ろうとなさる御仁なら、お肯入《ききい》れのないまでも、お留め申すが私《てまえ》年効《としがい》ではありますが、お見受け申した処、悪いと言えば、それでもとはおっしゃりそうもない。その御心得なれば別儀ござるまい
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