るまいか。はて、宙へ浮いて上《あが》るか、谷へ逆様《さかさま》ではなかろうか、なぞと怯気《おじけ》がつくと、足が窘《すく》んで、膝がっくり。
 ヤ、ヤ、このまんまで、窮《いきつ》いては山車《だし》人形の土用干――堪《たま》らんと身悶《みもだ》えして、何のこれ、若衆《わかいしゅ》でさえ、婦人《おんな》の姿を見るまでは、向顱巻《むこうはちまき》が弛《ゆる》まなんだに、いやしくも行者の身として、――」

       十一

「ごもっともですね。」
 ちとこれが不意だったか、先達は、はたと詰《つま》って、擽《くすぐっ》たい顔色《がんしょく》で、
「痛入《いたみい》ります、いやしくも行者の身として……そのしだらで、」
 境は心着いて、気の毒そうに、
「いいえ、いいえ。」
「何、私《てまえ》もその気で仰有《おっしゃ》ったとは存じませぬがな、はッはッはッ。
 笑事《わらいごと》ではござらぬ。うむとさて、勇気を起して、そのまま駆下りれば駆下りたでありますが、せっかくの処へ運んだものを、ただ山を越えたでは、炬燵櫓《こたつやぐら》を跨《また》いだ同然、待て待て禁札を打って、先達が登山の印を残そうと存じま
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