を打つ。またその風の冷たさが、颯《さっ》と魂を濯《あら》うような爽快《さわや》いだものではなく、気のせいか、ぞくぞくと身に染みます。
 おのれ、と心《しん》をまず丹田《たんでん》に落《おち》つけたのが、気ばかりで、炎天の草いきれ、今鎮まろうとして、這廻《はいまわ》るのが、むらむらと鼠色に畝《うね》って染めるので、変に幻の山を踏む――下駄の歯がふわふわと浮上る。
 さあ、こうなると、長し短し、面被《めんかぶ》りでござるに因って、眼《がん》は明《あかる》いが、面《つら》は真暗《まっくら》、とんと夢の中に節穴を覗《のぞ》く――まず塩梅《あんばい》。
 それ、躓《つまず》くまい、見当を狂わすなと、俯向《うつむ》きざまに、面をぱくぱく、鼻の穴で撓《た》める様子が、クン、クンと嗅《か》いで、
(やあ人臭いぞ。)
 と吐《ほざ》きそうな。これがさ、峠にただ一人で遣《や》る挙動《ふるまい》じゃ、我ながら攫《さら》われて魔道を一人旅の異変な体《てい》。」
「まったく……ですね。」
 と三造は頷《うなず》いたのである。
「な、貴辺《あなた》、こりゃかような態《ざま》をするのが、既にものに魅せられたのではあ
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