い。
 さあ、その風説《うわさ》が立ちますと、それからこっち両三年、悪いと言うのを強いて越して、麓《ふもと》へ下りて煩うのもあれば、中には全く死んだもござる。……」
「まったく?」
 とハタと巻莨《まきたばこ》を棄てて、境は路傍《みちばた》へ高く居直る。
 行者は、掌《てのひら》で、鐸《すず》の蓋《ふた》して、腰を張って、
「さればその儀で。――
 隣村も山道半里、谷戸《やと》一里、いつの幾日《いつか》に誰が死んで、その葬式《とむらい》に参ったというでもござらぬ、が杜鵑《ほととぎす》の一声で、あの山、その谷、それそれに聞えまする。
 地体、一軒家を買取った者というのも、猿じゃ、狐じゃ、と申す隙《ひま》に、停車場前の、今、餅屋で聞くか、その筋へ出て尋ねれば、皆目知れぬ事はござるまい。が、人間そこまではせぬもので、火元は分らず、火の粉ばかり、わッぱと申す。
 さらぬだに往来の途絶えた峠、怪《あやし》い風説があるために、近来ほとんど人跡が絶果てました。
 ところがな、ついこの頃、石動在の若者、村相撲の関を取る力自慢の強がりが、田植が済んだ祝酒の上機嫌、雨霽《あまあが》りで元気は可《よし》、女
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