うざんじ》が一院、北国名代《ほっこくなだい》の巡拝所――
と申す説もござりました。」
七
「ところが、買手が附いたのでござりましてな。随分広い、山ぐるみ地所附だと申す事で。」
行者がちょいと句切ったので、
「別荘にでもなりましたか。」
煙管《きせる》を揮《ふ》って、遮るごとく、
「いや、その儀なら仔細《しさい》はござらん、またどこの好事《ものずき》じゃと申して、そんな峠へ別荘でもござりますまい。……まず理窟は措《お》いて、誰だか買主が分らぬでございます。第一その話がござってから、二人や、三人、ぽつぽつ峠を越したものもございますが、一向に人の住んでいる様子は見えぬという事で。ただ稀代なのは、いつの間にやら雨で洗ったように、焼跡《やけあと》らしい灰もなし、焚《もえ》さしの材木一本|横《よこた》わっておらぬばかりか、大風で飛ばしたか、土礎石《どだいいし》一つ無い。すらりと飯櫃形《いびつなり》の猿ヶ|馬場《ばんば》に、吹溜《ふきた》まった落葉を敷いて、閑々と静まりかえった、埋《うも》れ井戸には桔梗《ききょう》が咲き、薄《すすき》に女郎花《おみなえし》が交ったは、薄彩色《
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