ちゃんちゃんこを、裄《ゆき》の長い半纏《はんてん》に着換えたでござります。さて雪国の山家とて、桁《けた》梁《うつばり》厳丈《がんじょう》な本陣|擬《まがい》、百年|経《た》って石にはなっても、滅多に朽ちる憂《うれい》はない。それだけにまた、盗賊の棲家《すみか》にでもなりはせぬか、と申します内に、一夏、一日《あるひ》晩方から、や、もう可恐《おそろし》く羽蟻《はあり》が飛んで、麓《ふもと》一円、目も開《あ》きませぬ。これはならぬ、と言う、口へ入る、鼻へ飛込む。蚊帳を釣っても寝床の上をうようよと這廻《はいまわ》る――さ、その夜あけ方に、あれあれ峠を見され、羽蟻が黒雲のように真直《まっすぐ》に、と押魂消《おったまげ》る内、焼けました。
 残ったのがたった一軒。
 いずれ、山※[#「てへん+峠のつくり」、第3水準1−84−76]《やまかせ》ぎのものか、乞食どもの疎※[#「勹<夕」、第3水準1−14−76]《そそう》であろう。焼残った一軒も、そのままにしておいては物騒じゃに因って、上段の床の間へ御仏像でも据えたなら、構《かまえ》は大《おおき》い。そのまま題にして、倶利伽羅山焼残寺《くりからざんしょ
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