らのは、風説《うわさ》にも聞きますれば、私《てまえ》も見ました、と申しますのが、そこからさまで隔てませぬ、石動の町をこの峠の方へ、人里離れました処に、山籠《やまごも》りを致しております。」
不動堂の先達だと云う。それでその鐸《すず》も、雲のような行衣も解《よ》めた。
「御免下され、」
とここで、鐸を倒《さかさま》に腰にさして、袂《たもと》から、ぐったりした、油臭い、叺《かます》の煙草入《たばこいれ》を出して、真鍮《しんちゅう》の煙管《きせる》を、ト隔てなく口ごと持って来て、蛇の幻のあらわれた、境の吸う巻莨《まきたばこ》で、吸附けながら、
「赫《かっ》と気ばかり上《のぼ》って、ざっと一日、好《すき》な煙草もよう喫《の》みません。世に推事《おしごと》というは出来ぬもので、これがな、腹に底があってした事じゃと、うむと堪《こら》えるでござりましょうが、好事《ものずき》半分の生兵法《なまびょうほう》、豪《えら》く汗を掻《か》きました。」
「峠に何事があったんですか。」
「されば。」
すぱすぱと二三服、さも旨《うま》そうに立続けに行者は、矢継早に乙矢《おとや》を番《つが》えて、
「――ござい
前へ
次へ
全139ページ中20ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング