、城の逆茂木《さかもぎ》の威厳を殺《そ》いで、抜いて取っても棄《す》つべきが、寂寞《じゃくまく》として、三本竹、風も無ければ動きもせず。
 蜩《ひぐらし》の声がする…………

       五

 カラカラと谺《こだま》して、谷の樹立《こだち》を貫ぬき貫ぬき、空へ伝わって、ちょっと途絶えて、やがて峰の方《かた》でカラカラとまた声が響く。
 と、蜩の声ばかりでなく、新《あらた》に鐸《すず》の音《ね》が起ったのである。
 ちりりんりんと――しかり、鐸を鳴らす、と聞いただけで、夏の山には、行者の姿が想像されて、境は少からず頼母《たのも》しかった。峠には人が居る。
 その実、山霊が奏《かな》でるので、次第々々に雲の底へ、高く消えて行《ゆ》く類《たぐい》の、深秘な音楽ではあるまいか、と覚束《おぼつか》なさに耳を澄ますと、確《たしか》に、しかも、段々に峰から此方《こなた》に近くなる。
 蜩がそれに競わんとするごとく、また頻《しきり》に鳴き出す――足許《あしもと》の深い谷から、その銀《しろがね》の鈴を揺上《ゆりあ》げると、峠から黄金《こがね》の鐸を振下ろして、どこで結ばるともなく、ちりりりと行交《ゆ
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