ら、密《そっ》とその縄を取って曳《ひ》くと、等閑《なおざり》に土の割目に刺したらしい、竹の根はぐらぐらとして、縄がずるずると手繰《たぐ》られた。慌てて放して、後へ退《さが》った。――一対の媼《ばば》が、背後《うしろ》で見張るようにも思われたし、縄張の動く拍子に、矢がパッと飛んで出そうにも感じたのである。
 いや、名にし負う倶利伽羅で、天にも地にもただ一人、三造がこの挙動《ふるまい》は、われわれ人間としては尋常事《ただごと》ではない。手に汗を握る一大事であったが、山に取っては、蝗《いなご》が飛ぶほどでもなかろう。
 境は、今の騒ぎで、取落した洋傘《こうもり》の、寂しく打倒《ぶったお》れた形さえ、まだしも娑婆《しゃば》の朋達《ともだち》のような頼母《たのも》しさに、附着《くッつ》いて腰を掛けた。
 峰から落し、谷から推《お》して、夕暮が次第に迫った。雲の峰は、一刷《ひとはけ》刷いて、薄黒く、坊主のように、ぬっと立つ。
 日が蔭って、草の青さの増すにつけ、汗ばんだ単衣《ひとえ》の縞《しま》の、くっきりと鮮明《あざやか》になるのも心細い――山路に人の小ささよ。
 蜻蛉《とんぼ》でも来て留まれば
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