に描かれた遠里《とおざと》の果《はて》なる海の上に、落ち行《ゆ》く日の紅《くれない》のかがみに映って、そこに蟠《わだかま》った雲の峰は、海月《くらげ》が白く浮べる風情。蟻を列《なら》べた並木の筋に……蛙のごとき青田《あおた》の上に……かなたこなた同じ雲の峰四つ五つ、近いのは城の櫓《やぐら》、遠きは狼煙《のろし》の余波《なごり》に似て、ここにある身は紙鳶《たこ》に乗って、雲の桟《かけはし》渡る心地す。
これから前《さき》は、坂が急に嶮《けわし》くなる。……以前車の通った時も、空《から》でないと曳上《ひきあ》げられなかった……雨降りには滝になろう、縦に薬研形《やげんがた》に崩込《くずれこ》んで、人足の絶えた草は、横ざまに生え繁って、真直《まっすぐ》に杖《つえ》ついた洋傘《こうもり》と、路の勾配との間に、ほとんど余地のないばかり、蔦蔓《つたかずら》も葉の裏を見上げるように這懸《はいかか》る。
それは可《い》い。
かほどの処を攀上《よじのぼ》るのに、あえて躊躇《ちゅうちょ》するのではなかったが、ふとここまで来て、出足を堰止《せきと》められた仔細《しさい》がある。
山の中の、かかる処に、
前へ
次へ
全139ページ中13ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング