ろう、――それにつけても、余り往来《ゆきき》のないのは知れた。
 けれども、それからというものは、遠い樹立の蔭に、朦朧《もうろう》と立ったり、間近な崖へ影が射《さ》したり、背後《うしろ》からざわざわと芒《すすき》を掻分《かきわ》ける音がしたり、どうやら、件《くだん》の二人の媼《おうな》が、附絡《つきまと》っているような思《おもい》がした。ざっと半日の余、他《ほか》に人らしいものの形を見なかったために、何事もない一対の白髪首が、深く目に映って消えなかった、とまず見える。

       四

 蜩《ひぐらし》が谷になって、境は杉の梢《こずえ》を踏む。と峠は近い。立向う雲の峰はすっくと胴を顕《あら》わして、灰色に大《おおい》なる薄墨《うすずみ》の斑《まだら》を交え、動かぬ稲妻を畝《うね》らした状《さま》は凄《すさま》じい。が、山々の緑が迫って、むくむくとある輪廓《りんかく》は、霄《おおぞら》との劃《くぎり》を蒼《あお》く、どこともなく嵐気《らんき》が迫って、幽《かすか》な谷川の流《ながれ》の響きに、火の雲の炎の脈も、淡く紫に彩られる。
 また振返って見れば、山の裾と中空との間に挟まって、宙
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