面に濛々《もうもう》として、霧の海を鴉《からす》が縫うように、処々、松杉の梢《こずえ》がぬっと顕《あらわ》れた。他《ほか》は、幅も底も測知《はかりし》られぬ、山の中を、時々すっと火の筋が閃《ひらめ》いて通る……角に松明《たいまつ》を括《くく》った牛かと思う、稲妻ではない、甲虫《かぶとむし》が月を浴びて飛ぶのか、土地神《とちのかみ》が蝋燭《ろうそく》点《つ》けて歩行《ある》くらしい。
 見ても凄《すご》い、早やそこへ、と思って寝衣《ねまき》の襟を掻合《かきあわ》せると、その目当の閨《ねや》で、――確に女の――すすり泣きする声がしました。……ひそひそと泣いているんですね。」

       三十一

「夜半に及んで、婦人の閨へ推参で、同じ憚《はばか》るにしても、黙って寝ていれば呼べもするし、笑声《わらいごえ》なら与《くみ》し易いが、泣いてる処じゃ、たとい何でも、迂濶《うかつ》に声も懸けられますまい。
 何しろ、泣悲《なきかなし》むというは、一通りの事ではない。気にもなるし、案じられもする……また怪しくもあった。ですから、悪いが、密《そっ》と寄って、そこで障子の破目《やぶれめ》から――
 そ
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