って出て、
「自惚でない。承った、その様子、怪《け》しからん嬌媚《きょうび》の体《てい》じゃ。さようなことをいたいて、少《わか》い方の魂を蕩《とろ》かすわ、ふん、ふふん、」
と頻《しき》りに頷《うなず》きながら、
「そこでその、白い乳房でも露《あらわ》したでござるか。」
「いいえ。」
「いずれ、鳩尾《みずおち》に鱗《うろこ》が三枚……」
黙って三造は頭《かぶり》を掉《ふ》る。
「全体|蛇体《じゃたい》でござるかな。」
「いいえ。」
「しからば一面の黒子《ほくろ》かな、何にいたせ、その膚を、その場でもって……」
「見ました、見ましたが、それは寝てからです。」
「寝て……からはなお怪しからん。これは大変。」
と引掴《ひッつか》んで膝去《いざ》り出した、煙草入れ押戻しさまに、たじたじとなって、摺下《ずりさが》って、
「はッはッ、それまで承っては、山伏も恐入る。あのその羅《うすもの》を透くと聞きましただけでも美しさが思い遣《や》られる。寝てから膚を見たは慄然《ぞっ》とする……もう目前《めさき》へちらつく、独《ひとり》の時なら鐸《すず》を振って怨敵退散《おんてきたいさん》と念ずる処じゃ。」
「聞きようが悪い、お先達。私が一ツ部屋にでも臥《ふせ》ったように、」
「違いますか。」
「飛んだ事を!」
と強く言った。
「はてな。」
「婦《おんな》たちは母屋に寝て、私は浅芽生《あさぢう》の背戸を離れた、その座敷に泊ったんです。別々にも、何にも、まるで長土間が半町あります。」
「またそれで、どうして貴辺《あなた》は?」
「そうです……お聞苦しかろうが、覗《のぞ》いたんです。」
「お覗きなすった?いずれから。」
「長土間を伝って行って、母屋の一室《ひとま》を閨《ねや》にした、その二人の蚊帳を、……
というのが――一人で離座敷に寝たには寝たが、どうしても静《じっ》と枕をしている事が出来なくなってしまったんですね。」
「山伏でも寝にくいで、御無理はない、迷いじゃな。」
「迷……迷いは迷いでしょうが、色の、恋のというのじゃありません。これは言訳でも何でもない、色恋ならまだしもですが、まったくは、何とも気味の悪い恐しい事が出来たんです。」
「はあ、蚊帳を抱く大入道、夜中に山霧が這込《はいこ》んでも、目をまわすほど怯《おびや》かされる、よくあるやつじゃ。」
「いや、蚊帳は釣らないで臥《ふせ》りました。――母屋の方はそうも行かんが、清水があって、風通しの可《い》いせいか、離座敷には蚊は居ません。で、ちと薄ら寒いくらいだから――って……敷くのを二枚と小掻巻《こがいまき》。どれも藍縞《あいじま》の郡内絹《ぐんないぎぬ》、もちろんお綾さん、と言いました、少《わか》い人の夜のもの……そのかわり蚊帳は差上げません。――
(ちと美しい唇に、分けてお遣んなさいまし。……殿方の血は、殿方ばかりのものじゃありませんよ。)
と凄《すご》いような串戯《じょうだん》を、これは貴婦人の方が言って。――辞退したが肯《き》かないで、床の間の傍《わき》の押入から、私の床を出して敷いたあとを、一人が蚊帳を、一人が絹の四布蒲団《よのぶとん》を、明石と絽縮緬《ろちりめん》の裳《もすそ》に搦《から》めて、蹴出褄《けだしづま》の朱鷺色《ときいろ》、水色、はらはらと白脛《しらはぎ》も透いて重《かさな》って正屋《おもや》へ隠れた、その後《あと》の事なんですが。」
二十七
「二人の婦《おんな》が、その姿で、沓脱《くつぬぎ》の笹《ささ》を擦る褄《つま》はずれ尋常に、前の浅芽生《あさぢう》に出た空には、銀河《あまのがわ》が颯《さっ》と流れて、草が青う浮出しそうな月でしょう――蚊帳釣草《かやつりぐさ》にも、蓼《たで》の葉にも、萌黄《もえぎ》、藍《あい》、紅麻《こうあさ》の絹の影が射《さ》して、銀《しろがね》の色紙《しきし》に山神《さんじん》のお花畑を描いたような、そのままそこを閨《ねや》にしたら、月の光が畳の目、寝姿に白露の刺繍《ぬいとり》が出来そうで、障子をこっちで閉めてからも、しばらく幻が消えません。
が、二人はもう暗い母屋へ入ったんです。と、草清水《くさしみず》の音がさらさらと聞え出す、それが、抱いた蚊帳と、掛蒲団が、狭い土間を雨戸に触って、どこまでも、ずッと遠くへ行《ゆ》くのが、響くかと思われる。……
ところで、いつでも用あり次第、往通《ゆきか》いの出来るようにと、……一体土間のその口にも扉がついている。そこと、それから斜違《はすか》いに向い合った沓脱の上の雨戸一枚は、閉めないで、障子ばかり。あとは辻堂のような、ぐるりとある廻縁《まわりえん》、残らず雨戸が繰ってあった。
さて、寝る段になって、そのすっと軽く敷いた床を見ると、まるで、花で織った羅《うすもの》のようでもあるし
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