、虹《にじ》で染めた蜘蛛の巣のようにも見える――
ずかと無遠慮には踏込み兼ねて、誰か内端《うちわ》に引被《ひっかつ》いで寝た処を揺起《ゆりおこ》すといった体裁……
枕許に坐って、密《そっ》と掻巻《かいまき》の襟へ手を懸けると、冷《つめた》かった。が、底に幽《かすか》に温味《あたたか》のある気がしてなりません。
また気のせいで、どうやら、こう、すやすやと花が夜露を吸う寝息が聞える。可訝《おかし》く、天鵞絨《びろうど》の襟もふっくり高い。
や、開けると、あの顔、――寝乱れた白い胸に、山蟻がぽっちり黒いぞ、と思うと、なぜか、この夜具へ寝るのは、少《わか》い主婦《あるじ》の懐中《ふところ》へ入るようで、心咎《こころとがめ》がしてならないので、しばらく考えていましたがね。
そうでもない、またどんな事で、母屋から出て来ないと限らん。誰か見るとこの体《てい》は、蓋《ふた》を壁にした本箱なり、押入なり、秘密の鍵《かぎ》を盗もう、とするらしく思われよう。心苦しいと思って、思い切って、掻巻の袖を上げると、キラリと光ったものがある。
鱗《うろこ》か、金の、と総毛立つ――と櫛《くし》でした。いつ取落したか、青貝摺《あおがいずり》ので、しかも直ぐ襟許《えりもと》に落ちていました。
待て、女の櫛は、誰も居ない夜具の中に入っていると、すやすやと寝息をするものか、と考えたくらい、もうそれほどの事には驚かず、当然《あたりまえ》のようだったのも、気がどうかしていたんでしょう。
しばらく手に取って視《なが》めていましたが、
(ええ、縁切《えんきり》だ!)
とちと気勢《きお》って、ヤケ気味に床の間へ投出すと、カチリという。折れたか、と吃驚《びっくり》して、拾い直して、密《そっ》と机に乗せた時、いささか、蝦蟆口《がまぐち》の、これで復讎《ふくしゅう》が出来たらしく、大《おおい》に男性の意気を発して、
(どうするものか!)
ぐっと潜って、
(何でも来い。)
で枕を外して、大の字になった、……は可《い》いが、踏伸ばした脚を、直ぐに意気地なく、徐々《そろそろ》縮め掛けたのは……
ぎゃっ!
あれは五位鷺《ごいさぎ》でしょうな。」
「ええ。」
「それとも時鳥《ほととぎす》かも知れませんが、ぎゃっ! と啼《な》きます……
可厭《いや》な声で。はじめ、一声、二声は、横手の崖に満充《みちみ》ちた靄《もや》の底の方に響きました。虚空へ上って、ぎゃっと啼くかと思うと、直ぐにまたぎゃっと来る。
ちょうど谷底から、一軒家を、環《わ》に飛び廻っているようです。幾羽も居るんなら居るで可いが、何だか、その声が、同《おんな》じ一つ鳥のらしいので、変に心地が悪いのです。……およそ三四十|度《たび》、声が聞えたでしょうか。
枕頭《まくらもと》で、ウーンと呻吟《うめ》くのが響き出した、その声が、何とも言われぬ……」
二十八
「寝てから多時《しばらく》経《た》つ。これは昼間からの気疲れに、自分の魘《うな》される声が、自然と耳に入るのじゃないか。
そうも思ったが、しかしやっぱり聞える。聞えるからには、自分でないのは確《たしか》でしょう。
またどうも呻吟《うめ》くのが、魘されるのとは様子が違って、苦《くるし》み※[#「てへん+爭」、第4水準2−13−24]《もが》くといった調子だ……さ、その同一《おなじ》苦み※[#「てへん+爭」、第4水準2−13−24]くというにも、種々《いろいろ》ありますが、訳は分らず、しかもその苦悩《くるしみ》が容易じゃない。今にも息を引取るか、なぶり殺しに切刻《きざ》まれてでもいそうです。」
「やあやあ、どちらの御婦人で。」
「いや、男の声。不思議にも怪しいにも、婦人《おんな》なら母屋の方に縁はあるが、まさしく男なんですものね。」
「男の声かな、ええ、それは大変。生血を吸われる夥間《おなかま》らしい、南無三《なむさん》、そこで?」
「何しろどこだ知らん。薄気味悪さに、頭《かしら》を擡《もた》げて、熟《じっ》と聞くと……やっぱり、ウーと呻吟《うな》る、それが枕許のその本箱の中らしい。」
「本箱の?」
「一体、向うへ向けたのが気になったんだが、それにしても本箱の中は可訝《おかし》い、とよくよく聞き澄しても、間違いでないばかりか、今度は何です、なお困ったのは、その声が一人でない、二人――三人――三個《みッつ》の本箱、どれもこれも唸《うな》っている。
ウーウーウーという続けさまのは、厭《いや》な内にもまだしも穏かな方で、時々、ヒイッと悲鳴を上げる、キャッと叫ぶ、ダァーと云う。突刺された、斬《き》られた、焼かれた、と、秒を切って劃《くぎり》のつくだけ、一々ドキリドキリと胸へ来ます。
私はむっくり起直った。
ああ、硫黄《いおう》の臭《におい
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