と見ると、蒼白く透《とお》った、その背筋を捩《よじ》って、貴婦人の膝へ伸し上《あが》りざまに、半月形《はんげつなり》の乳房をなぞえに、脇腹を反らしながら、ぐいと上げた手を、貴婦人の頸《うなじ》へ巻いて、その肩へ顔を附ける……
その半裸体の脇の下から、乳房を斜《はす》に掛けて、やァ、抉《えぐ》った、突いた、血が流れる、炎が閃《ひら》めいて燃えつくかと思う、洪《どっ》と迸《ほとばし》ったような真赤《まっか》な痣《あざ》があるんです。」
山伏は大息ついて聞くのである。
「その痣を、貴婦人が細い指で、柔かにそろそろと撫でましたっけ。それさえ気味が悪いのに、十度《とたび》ばかり擦《さす》っておいて、円髷《まるまげ》を何と、少《わか》い女の耳許から潜《くぐ》らして、あの鼻筋の通った、愛嬌《あいきょう》のない細面《ほそおもて》の緊《しま》った口で、その痣《あざ》を、チュッと吸う、」
「うーむ、」
と山伏は呻吟《うな》った。
「私は生血を吸うのだと震え上《あが》った。トどうかは知らんが、少《わか》い女の絡《から》んだ腕は、ひとりで貴婦人の頸《うなじ》を解けて、ぐたりと仰向《あおむ》けに寝ましたがね、鳩尾《みずおち》の下にも一ヶ所、めらめらと炎の痣。
やがて、むっくりと起上って、身を飜した半身雪の、褄《つま》を乱して、手をつくと、袖が下《さが》って、裳《もすそ》を捌《さば》いて、四ツ這《ば》いになった、背中にも一ツ、赤斑《あかまだら》のある……その姿は……何とも言えぬ、女の狗《いぬ》。」
「ああ!」
「驚く拍子に、私が物音を立てたらしい。貴婦人が、衝《つ》と立つと、蚊帳越にパッと燈《あかり》を……少《わか》い女は這《は》ったままで掻消《かきけ》すよう――よく一息に、ああ消えたと思う。貴婦人の背の高かったこと、蚊帳の天井から真白な顔が突抜けて出たようで――いまだに気味の悪さが俤立《おもかげだ》ってちらちらします。
あとは、真暗《まっくら》、蚊帳は漆《うるし》のようになった。」
三十二
「何が何でも、そこに立っちゃいられんから、這《は》ったか、摺《ず》ったか、弁別《わきまえ》はない、凸凹《でこぼこ》の土間をよろよろで別亭《はなれ》の方へ引返すと……
また、まあどうです。
あの、雨戸がはずれて、月明りが靄《もや》ながら射込《さしこ》んでいる、折曲った縁側は、
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