は切れたんです、少《わか》い人が、いそいそ入って来ましたから。……
 ところで、俯向《うつむ》いていた顔を上げて、それとなく二人を見較べると、私には敵《かたき》らしい少《わか》い人の方が、優しく花やかで、口を利かれても、とろりとなる。味方らしい年上の方が、対向《さしむか》いになると、凄《すご》いようで、おのずから五体が緊《しま》る、が、ここが、ものの甘さと苦さで、甘い方が毒は順当。
 まあ、それまでですが、私の身に附いて心配をしますと云ったのに、私《わたくし》ども二人して、と確《たしか》に言った。
 すると、……二人とも味方なのか、それとも敵《かたき》なのか、どれが鬼で、いずれが菩薩《ぼさつ》か、ちっとも分りません。
 分らずじまいに、三人で鮨《すし》を食べた。茶話に山吹も出れば、巴《ともえ》も出る、倶利伽羅の宮の石段の数から、その境内の五色《ごしき》の礫《こいし》、==月かなし==という芭蕉《ばしょう》の碑などで持切って、二人の身の上に就いては何も言わず、またこっちから聞く場合でもなかったから、それなりにしましたが、ただふと気に留《とま》った事があります。
 少《わか》い女が持出した、金蒔絵《きんまきえ》の大形の見事な食籠《じきろう》……形《がた》の菓子器ですがね。中には加賀の名物と言う、紅白の墨形《すみがた》の落雁《らくがん》が入れてありました。ところで、蓋《ふた》から身をかけて、一面に蒔《ま》いた秋草が実に見事で、塗《ぬり》も時代も分らない私だけれども、精巧さはそれだけでも見惚《みと》れるばかりだったのに、もう落雁の数が少なく、三人が一ツずつで空《から》になると、その底に、何にもない漆《うるし》の中へ、一ツ、銀で置いた松虫がスーイと髯《ひげ》を立てた、羽のひだも風を誘って、今にもりんりんと鳴出しそうで、余り佳《い》いから、あっ、と賞《ほ》めると、貴婦人が、ついした風で、
(これは、お綾さんのお父《とっ》さんが。この重箱の蒔絵もやっぱり、)
 と言いかける、と、目配せをした目が衝《つ》と動いた。少《わか》いのはまた颯《さっ》と瞼《まぶた》を染めたんです。
 で、悪い、と知ったから、それっきり、私も何にも言いはしなかった。けれどもどうやらお綾さんが人間らしくなって来たので、いささか心を安《やすん》じたは可《い》いが――寝るとなると、櫛の寝息に、追続いた今の呻吟《う
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